フランスで最後のギロチンによる死刑が執行された。 |
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2017年 03月 20日
マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien François Marie Isidore de Robespierre/1758 - 1794)が1790年に、フランスの歴史上最初の死刑廃止法案を議会で投票にかけたが否決された。 しかし、その後マクシミリアン・ロベスピエールは、方針を転換して恐怖政治による死刑の乱発を行った。 1791年06月03日に立法院で刑法第3条が改訂され、残酷な死刑の禁止が初めて法制度化された。 これによって八つ裂きの刑や車裂きの刑、絞首刑などの残酷な処刑方法はすべて禁止となり、死刑は人道的にギロチンのみで行うことになった。 1870年11月以降は死刑執行人(Monsieur de Paris)がフランス全土で1人だけになった。 また死刑執行人の氏名は公開されていた。 この時代には、死刑執行人の家系図から履歴書までマスコミで暴露されたこともあった。 このため、死刑執行人の家族や親族が自殺した事例も多いといわれている。 ただし、私はフランスで最後に行われたギロチンによる死刑の写真を雑誌で見て、トイレに駆け込んだ。 公開処刑を1939年まで継続していた。 1969年から1974年の間に在職したジョルジュ・ポンピドゥー(Georges Jean Raymond Pompidou/1911 - 1974)大統領の時代には、一部を除き死刑囚を恩赦していた。 最後の処刑は、最後の死刑執行人であるマルセル・シュヴァリエ(Marcel Chevalier/1921 - 2008)の手で1977年09月10日に執行された。
by jiten4ujp
| 2017-03-20 22:45
| 犯罪と裁判
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